寿司職人に女性がいない理由を調べたら、根拠が見つからなかった話
寿司職人に女性がいないのは、なぜか。
この問いには、昔から決まった答えが用意されています。
女性は手が温かいから、ネタが傷む。力仕事だから、女性には向かない。寿司は男が握るものだから。
どれも、聞いたことがある方が多いと思います。そして、多くの記事が「それは誤解です」と書いています。
では、誤解だと言える根拠は、何でしょうか。逆に、もとの説には、根拠があったのでしょうか。
この記事を書くにあたって、私たちは調べました。手の温度と魚の鮮度の関係を調べた研究はあるのか。女性の寿司職人は、実際に何人いるのか。
結果は、どちらも「見つからない」でした。
この記事では、調べて分かったことと、分からなかったことを、そのままお伝えします。そのうえで、数字で確かめられる範囲から、女性が少ない理由を考えていきます。
結論:向いていないことを示す根拠は、見つからない
先に結論をお伝えします。
分かったことは、3つです。
ひとつめ。握る人の手の温度が、魚の鮮度に影響するかどうか。これを直接調べた査読つきの論文は、見つかりませんでした。「女性は手が温かいから向かない」という説には、確かめられる根拠がありません。
ふたつめ。女性の寿司職人が何人いるのか。この人数は、公表されていません。「女性は全体の何割」という数字を見かけることがありますが、もとになる公的な統計を確認できませんでした。
みっつめ。一方で、飲食の仕事の労働時間や離職率は、公的な統計で確かめられます。正社員どうしで比べると、飲食は全産業より時間が長く、辞める人も多い。女性が少ない理由を考えるなら、体質ではなく、こちらの「働く条件」に目を向けるほうが、確かな話ができます。
女性が寿司職人に向いていないことを示す根拠は、見つかりません。あるのは、続けにくい条件です。条件は、変えることも、選ぶこともできます。
そもそも、「いない」は本当なのか
理由を考える前に、前提を確かめます。女性の寿司職人は、本当に「いない」のでしょうか。
人数は、公表されていない
結論から言うと、不明です。
寿司職人として働いている人の男女別の人数を示す公的な統計は、公表されていません。
国の統計には、調理に関わる仕事全体の人数はあります。ただし、その中から「寿司職人だけ」を取り出した男女別の数字は、確認できませんでした。
厚生労働省の職業情報提供サイト(job tag)には、すし職人のページがあり、就業者数が載っています。ところが、この数字には、「必ずしもその職業のみの統計データを表しているものではありません」という但し書きがついています。寿司職人だけの人数ではないのです。
調理師試験の合格者も、男女別は分からない
調理師免許の側から見ても、同じです。
調理師試験の合格者について、男女別の人数は、国からも都道府県からも公表されていません。
「調理師の何割が女性」という数字を見かけることがあります。私たちが調べた範囲では、その出どころとなる調査と表を、特定できませんでした。出どころが分からない数字は、この記事では使いません。
「全体の1割」という数字について
インターネットには、「女性の寿司職人は全体の1割ほど」といった数字が出回っています。
この数字についても、もとになる公的な統計を確認できませんでした。誰かの実感にもとづく数字である可能性があります。少なくとも、統計で確かめられた数字としては扱えません。
分かるのは、「少なく見える」ということ
寿司店のカウンターに立つ女性を、見かける機会が少ない。これは、多くの方の実感だと思います。
ただ、それが何人中の何人なのかは、誰にも分かっていません。「いない」のではなく、「数えられていない」というのが、正確なところです。
よく語られる「理由」を並べてみる
次に、女性が少ない理由として語られているものを、整理します。
1. 手が温かいから、ネタが傷む
もっともよく知られている説です。女性は男性より手が温かく、握るとネタの鮮度が落ちる、というものです。
2. 力仕事で、時間も長い
大きな魚を運ぶ。長い時間、立って働く。体力的に女性には厳しい、という説です。
3. 男性だけで修行する文化があった
寿司の世界は、長いあいだ男性が中心でした。女性が入りにくい雰囲気があった、という説です。
4. 結婚や出産と、両立しにくい
夜遅くまでの仕事と、家庭の事情が重なりやすい、という説です。
この4つは、性質が違います。
1は、体質の話です。事実かどうかを、調べて確かめることができます。
2と4は、働く条件の話です。公的な統計で、ある程度まで確かめられます。
3は、慣習の話です。数字で確かめることは難しいものの、長く語られてきたことです。
順番に、確かめていきます。
「手が温かい」説を、調べた結果
まず、1の説です。
直接調べた研究は、見つからなかった
握る人の手の温度が、寿司のネタの鮮度に影響するのか。これを直接調べた査読つきの論文を探しました。
見つかりませんでした。
「手の温度が高いと、ネタが傷む」ことを示した研究も、「影響はない」ことを示した研究も、確認できていません。
前提についても、確かめられなかった
この説には、もうひとつ前提があります。「女性は、男性より手が温かい」という前提です。
この前提についても、寿司を握る場面に当てはめて確かめられる資料は、確認できませんでした。
つまり、この説は、二重に確かめられていません。女性の手が温かいのかどうか。温かいとして、それが鮮度に影響するのかどうか。どちらも、根拠が示されないまま語られています。
「誤解です」とも、言い切らない
多くの記事は、この説を「誤解です」「迷信です」と書いています。
私たちも、そう書きたい気持ちはあります。ただ、正確に言えば、「誤解だと証明した研究」も見つかっていません。
言えるのは、こうです。この説を支える根拠は、見つからない。根拠のない説をもとに、人の向き不向きを決めることはできません。
公的な基準が定めているのは、温度と時間の管理
では、魚の鮮度と安全は、何で守られているのでしょうか。
厚生労働省の「大量調理施設衛生管理マニュアル」は、食材の保存温度を定めています。生鮮魚介類は、5℃以下です。
鮮度と安全を守るのは、仕入れてから出すまでの、温度と時間と衛生の管理です。冷やして保存する。出したら早く使う。手と道具を清潔に保つ。
これは、握る人が男性でも女性でも、同じように求められることです。そして、同じように身につけられることです。
ほかの説についても、同じ
手の温度のほかにも、体質に結びつけた説がいくつか語られています。
それらの説が、根拠となる調査とあわせて語られているのを、私たちは見たことがありません。根拠が示されない説は、手の温度の説と同じように扱うべきだと考えます。
根拠のない説が、なぜ残ってきたのか
根拠がないのに、なぜこの説は長く語られてきたのでしょうか。ここからは、私たちの考えです。
「見たことがない」が、「できない」に変わる
カウンターに立つ女性を見たことがない。すると、「女性にはできない理由があるのだろう」と考えてしまいます。
実際には、入り口が狭かっただけ、ということも考えられます。それでも、目の前に例がないと、できない理由のほうを探してしまうものです。
説明が、あとからつけられる
「女性がいない」という状態が先にあり、その説明として、手の温度の話があとからつけられた。そう考えると、根拠がないまま広まったことにも、納得がいきます。
説明があると、人は安心します。確かめる前に、受け入れてしまいます。
確かめる人が、いなかった
そして、誰も確かめませんでした。
寿司の世界で長く働いてきた人にとって、それは疑う必要のない話でした。外の人にとっては、確かめる手段がありませんでした。
確かめられないまま、何十年も語り継がれてきた。それが、この説の正体だと考えています。
数字で確かめられること:働く条件
ここからは、確かめられる話です。2と4の説、つまり働く条件について、公的な統計を見ます。
労働時間は、全産業より長い
厚生労働省の毎月勤労統計調査(令和5年分確報)によると、一般労働者の月あたりの総実労働時間は、次のとおりです。
| 産業(一般労働者) | 総実労働時間 |
|---|---|
| 宿泊業、飲食サービス業 | 174.3時間 |
| 全産業 | 163.5時間 |
正社員にあたる働き方で比べると、飲食は全産業より月に10時間あまり長くなっています。
加えて、飲食店が忙しいのは、夜と土日祝日です。保育園や学校が開いている時間と、重なりにくい働き方です。
辞める人の割合は、高い
厚生労働省の令和6年雇用動向調査によると、宿泊業・飲食サービス業の離職率は、計25.1%、一般労働者で18.1%、パートタイム労働者で29.9%です。
同じ調査で、全産業の離職率は14.2%です。飲食は、これを大きく上回っています。
これは、男女を合わせた数字です。飲食は、性別にかかわらず、続けることが簡単ではない産業だと言えます。
育児休業の取得には、男女で差がある
もうひとつ、全産業の数字を見ます。
厚生労働省の雇用均等基本調査(令和6年度)によると、育児休業の取得率は、女性が86.6%、男性が40.5%です。
男性の取得は増えていますが、それでも、女性の半分に満たない水準です。子どもが生まれたとき、仕事を休んで育児を担うのは、今も女性のほうが多い。これが、数字から読み取れることです。
3つの数字を、重ねてみる
- 飲食は、時間が長く、夜と休日に働く
- 飲食は、男女を問わず、辞める人が多い
- 育児で仕事を休むのは、女性のほうが多い
この3つを重ねると、ひとつの見方が浮かびます。
女性が寿司職人を続けにくいのは、体質のせいではなく、働く条件と、育児の担い手の偏りが重なっているからではないか。
これは、私たちの読み方です。寿司職人に限った男女別の離職の統計はないので、直接の証明はできません。それでも、根拠のない体質の説よりは、確かめられる数字に立った説明だと考えています。
「力仕事だから」は、どこまで本当か
2つの説のうち、力の話についても考えます。
重いものを扱うのは、事実
寿司の仕事には、体を使う場面があります。
大きな魚を運ぶ。氷や水を運ぶ。長い時間、立っている。これは事実です。体が小さい人にとって、負担が大きい作業もあります。
力で握るわけではない
一方で、寿司を握る作業そのものは、小さな力でできます。
魚をおろすのも、力ではなく、包丁の入れ方です。よく切れる包丁を、正しい角度で動かす。力まかせに引くと、かえって身が崩れます。
工夫できる部分は、多い
重いものは、分けて運べます。台車を使えます。仕入れの単位を変えることもできます。調理場の高さや配置を、自分に合わせることもできます。
自分の店であれば、こうした工夫は自由にできます。勤める場合も、体格の違う人が一緒に働くことを前提にした調理場は、増やしていけるはずです。
体力の差は、あります。ただし、それは男女の差というより、ひとりひとりの差です。体の小さい男性もいれば、体力のある女性もいます。
手や体質に不安のある方に向けては、手汗も手荒れも対処できる。寿司職人の体質の真実でも対処の仕方を扱っています。手先の器用さについては、大人でも手先は器用になる。12週間で変わる理由をご覧ください。
「男性だけの修行文化」は、変わりつつあるのか
3の説、慣習の話です。
入り口が、ひとつしかなかった
寿司職人になる道は、長いあいだ、店に入って修行することでした。
厚生労働省の職業情報提供サイトは、すし職人について、多くの場合、最初の1〜2年は見習い仕事だと説明しています。清掃、洗い物、雑用、出前。そのあとで、包丁を持つことができます。
入れるかどうかは、店の親方が決めます。親方が「女性は取らない」と考えていれば、そこで道は閉じます。入り口がひとつしかないと、その入り口を守る人の考えが、そのまま業界の形になります。
入り口が、増えた
今は、店に入る以外の道があります。学校で基礎を身につけてから、店に入る。あるいは、自分で店を開く。
入り口が増えると、誰かの考えひとつで道が閉じることは、少なくなります。
変わったかどうかを、数字では言えない
「女性の寿司職人は増えている」と書きたいところです。ただ、先に書いたとおり、人数の統計がありません。増えたかどうかを、数字で示すことはできません。
言えるのは、入り口が増えたという事実と、実際にカウンターに立っている女性がいるという事実です。
受け入れる店の側に、できること
この記事は、店を営む方も読んでくださっていると思います。受け入れる側にできることも、書いておきます。
設備を整える
更衣室や手洗いなど、男女が一緒に働くための設備があるか。小さな店では、後回しになりがちな部分です。ここが整っていないと、応募の段階で選ばれなくなります。
勤務の組み方を、増やす
昼だけの勤務。週に数日の勤務。仕込みだけの勤務。働き方の形がひとつしかない店が採れるのは、その形に合う人だけです。
人が足りていない業界です。形を増やすことは、女性に限らず、働ける人の幅を広げます。
教え方を、言葉にする
「見て覚えろ」という教え方が通用するのは、長い時間そばにいられる人だけです。
手順を言葉で伝える。理由を説明する。そうすれば、限られた時間で働く人にも、技術を渡すことができます。
女性が働きやすい店は、多くの場合、誰にとっても働きやすい店です。
「女性ならではの強み」とも、書かない
ここで、ひとつお断りしておきます。
この種の記事では、俗説を否定したあとに、「女性ならではの繊細さ」「女性らしい気配り」を強みとして挙げることがよくあります。
私たちは、そうは書きません。
丁寧な男性もいれば、大胆な女性もいます。「女性は繊細」と決めることは、「女性は手が温かい」と決めることと、形が同じです。性別で人の特徴を決めている点で、変わりません。
寿司職人に必要なのは、技術と、お客様に向き合う姿勢です。それは、ひとりひとりが身につけるものです。評価は、性別とは別のところで決まります。
続けられる条件を、自分でつくる
女性が少ない理由が「条件」にあるのなら、考えるべきは、条件をどう整えるかです。
職場を選ぶ
勤める場合は、条件を確かめて選びます。
- 週の所定労働時間と、休日の日数
- 夜の勤務は何時までか。昼だけの勤務はあるか
- 育児休業を取った人が、実際にいるか
- 休んだあと、戻って働いている人がいるか
- 女性が働いているのか。更衣室などの設備があるか
育児休業は、法律で定められた制度です。それでも、実際に取った人がいるかどうかは、職場によって違います。面接で尋ねてよいことです。
自分の店を持つ
もうひとつの道は、自分の店を持つことです。
自分の店であれば、営業時間も、休みの日も、席の数も、自分で決められます。昼だけ営業する。予約のお客様だけを受ける。小さく始める。暮らしに合わせた形をつくることができます。
もちろん、店を持つことには、別の難しさがあります。仕入れ、値付け、お金の管理。料理以外の仕事が増えます。それでも、働く条件を自分で決められることは、大きな意味を持ちます。
技術を、先に身につける
どちらの道を選ぶにしても、土台になるのは技術です。
見習いの期間が長いと、その間に暮らしの事情が変わることがあります。結婚、出産、家族の介護。技術が身につく前に、離れることになる場合もあります。
先に基礎を身につけておけば、現場に入ってからの時間が変わります。一度離れても、技術があれば戻ってくることができます。技術は、暮らしが変わっても、手元に残ります。
手仕事という選び方については、不器用な人に向く仕事は事務じゃない。手仕事という選択肢でも扱っています。
これから目指す方が、最初にやっておくこと
寿司職人を目指したいと考えている女性に向けて、最初にやっておくとよいことを挙げます。
働き方の希望を、書き出す
何時まで働けるか。週に何日働きたいか。数年後、どんな暮らしをしていたいか。
先に書き出しておくと、職場を見るときの物差しになります。勤めるのか、自分の店を持つのかも、ここから見えてきます。
実際に働いている人を、見に行く
女性が握っている店に、お客として行ってみてください。
どんな店で、どんな営業の形をしているか。ひとりで回しているのか、誰かと一緒なのか。目の前に例があると、自分の将来を具体的に思い描けるようになります。
体を動かして、確かめる
長い時間立つこと、魚を扱うことが、自分に合うかどうか。これは、やってみて初めて分かることです。
家で魚を一尾おろしてみる。学校の見学や体験に参加する。小さく試して、自分の感覚を確かめてください。
家族と、話しておく
学ぶ期間や、働き始めてからの時間について、家族と話しておくことも大切です。
育児や家事を誰がどう担うのか。先に話し合っておくと、あとで続けやすくなります。これは、家族みんなで決めることです。
周りから「向いていない」と言われたとき
寿司職人を目指すと話すと、反対されることがあります。「女性には無理だ」「手が温かいから」と言われることもあるでしょう。
そのときは、この記事でお伝えしたことを思い出してください。
その説には、確かめられる根拠がありません。言っている人も、誰かから聞いた話を繰り返しているだけ、ということがよくあります。
言い返さなくて大丈夫です。ただ、根拠のない話だと知っていれば、その言葉で自分の気持ちを決めずに済みます。
心配して言ってくれている人には、働く条件をどう整えるつもりかを、具体的に話してみてください。時間のこと、体のこと、暮らしのこと。心配の中身は、たいてい、そちらのほうにあります。
飲食人大学でお伝えできること
飲食人大学の寿司マイスター専科は、3ヶ月(実技60日・420時間)の課程です。
1クラスは最大16名。40種類以上の魚を扱います。魚をおろすところから、お客様の前で握るところまでを学びます。
課程は、男性も女性も同じです。
ここでも、正直にお伝えします。飲食人大学は、世の中の働く条件を変えることはできません。できるのは、入り口をひとつ増やすことと、技術を身につけてもらうことです。
親方に認められなければ入れない、という入り口とは別に、自分で選んで挑戦できる入り口がある。それが、学校の役割だと考えています。
「女性の方が握るんですか」と驚かれた人

上田薫さんは、飲食人大学の大阪校を卒業して間もなく、大阪で自分の店を開きました。
上田さんは、入学する前に、調理師の専門学校で学んでいました。調理師免許を取り、ふぐを扱うための免許も取っています。食品衛生や栄養の知識も、ひととおり身につけていました。
基礎はできた。次は、お客様に出せる技術を身につけたい。好きな寿司に絞って、カウンターに立てるようになりたい。そう考えて、飲食人大学に入りました。
授業は、想像以上にきつかったそうです。魚を見るのも嫌になる時期があった、と上田さんは振り返っています。毎日、大量の魚をおろし、握り、食べる。頭で分かっていることと、手がそのとおりに動くことは、別です。
特に苦労したのは、カツオです。手順を見ても、包丁を握ると手が止まる。何度も講師に聞き返しました。
上田さんには、続けてきた習慣がありました。授業中にメモを取り、魚の断面や包丁の角度を書き留める。家に帰ってから、別のノートに書き直す。書くことで覚え、書き直すことで手順を復習する。
もうひとつ、決めていたことがあります。放課後は、必ず包丁を研いでから帰る。大きな壁だった大根の桂むきも、そうして少しずつ、手を合わせていきました。
卒業後、当初は半年後の開業を考えていました。在学中から物件を探し続け、縁があって、卒業から間もない時期に店を開きました。
カウンターに立つ上田さんを見て、驚くお客様は少なくないそうです。「女性の方が握るんですか」。
開店の初日に、ひとりで来た会社員の男性がいました。上田さんの握った寿司を食べ、所作を見て、「丁寧な仕事をしていますね」と言ったそうです。その方は、2週間後にまた来店しました。
驚きは、食べたあとには残りませんでした。残ったのは、仕事への評価です。
上田さんは、これから入る人に向けて、こう話しています。過去に戻れるなら、もっとしつこく講師に質問していたと思う。分からないことをそのままにせず、その日のうちに解決する。その積み重ねが、現場に出たときの自信になる。
上田さんの話に、「女性だから」は出てきません。出てくるのは、メモと、包丁研ぎと、質問です。
よくある質問
寿司職人に女性が少ないのはなぜですか
はっきりした理由を示す統計はありません。確かめられるのは、飲食の仕事は労働時間が長く、夜と休日に働くこと、そして育児で仕事を休むのは今も女性のほうが多いことです。体質ではなく、働く条件が重なって続けにくくなっている、と私たちは考えています。
女性は手が温かいから寿司職人に向かないというのは本当ですか
確かめられる根拠は、見つかりません。握る人の手の温度が魚の鮮度に影響するかを直接調べた査読つきの論文は、見つかりませんでした。根拠のない説で、向き不向きを決めることはできません。
女性の寿司職人は何人いますか
公表されていません。寿司職人だけを取り出した男女別の人数を示す公的な統計は、確認できませんでした。「全体の1割」といった数字も、出どころとなる統計を確認できていません。
女性でも寿司職人になれますか
なれます。寿司職人になるのに、性別の決まりも、必要な資格もありません。技術を身につければ、誰でもカウンターに立つことができます。
寿司職人は力仕事ですか
体を使う場面はあります。大きな魚や氷を運び、長い時間立って働きます。ただし、握る作業や魚をおろす作業そのものは、力ではなく技術です。重いものは分けて運ぶ、台車を使うなど、工夫できる部分も多くあります。
寿司職人の女性は髪をどうすればよいですか
髪が料理に落ちないようにまとめ、必要に応じて帽子などで覆います。これは衛生のための決まりで、男性も女性も同じです。長さにかかわらず、清潔に保つことが求められます。
結婚や出産のあとも寿司職人を続けられますか
続けている人はいます。ただし、夜と休日が中心の働き方は、育児と重なりやすいのが実際です。育児休業を取った人がいる職場を選ぶ、昼の勤務がある職場を選ぶ、自分の店を持って営業時間を決める、といった方法があります。
女性が寿司店で働くとき、職場選びで何を確かめればよいですか
週の労働時間と休日、夜の勤務が何時までか、育児休業を取った人がいるか、休んだあとに戻って働いている人がいるか、更衣室などの設備があるか。これらを、求人票と面接で確かめてください。
女性の寿司職人は増えていますか
人数の統計がないため、数字では言えません。言えるのは、店に入って修行する以外に、学校で学ぶ、自分で店を開くといった入り口が増えたことです。
寿司職人には女性ならではの強みがありますか
私たちは、性別で強みや弱みを決める考え方を取りません。丁寧さも、気配りも、ひとりひとりが身につけるものです。評価されるのは、技術と、お客様に向き合う姿勢です。
未経験の女性でも寿司学校についていけますか
課程は男性も女性も同じで、魚をおろすところから順に学びます。体力面が気になる場合は、見学のときに1日の流れを確かめてください。
何歳からでも寿司職人を目指せますか
目指せます。厚生労働省の職業情報提供サイトは、すし職人について、年齢に関わらず働けると説明しています。技術があれば、長く続けられる仕事です。
まとめ:根拠がないことを、根拠がないと知っておく
要点を整理します。
- 握る人の手の温度が魚の鮮度に影響するかを直接調べた査読つきの論文は、見つからなかった
- 女性の寿司職人の人数は、公表されていない。調理師試験の合格者の男女別も、公表されていない
- 鮮度と安全を守るのは、温度と時間と衛生の管理。生鮮魚介類の保存は5℃以下(大量調理施設衛生管理マニュアル)
- 飲食の一般労働者の労働時間は月174.3時間で、全産業の163.5時間より長い(毎月勤労統計調査 令和5年分確報)
- 宿泊業・飲食サービス業の離職率は、計25.1%、一般労働者18.1%。全産業は14.2%(令和6年 雇用動向調査)
- 育児休業の取得率は、女性86.6%、男性40.5%(令和6年度・全産業)
- 女性が少ないのは、体質ではなく、働く条件と育児の担い手の偏りが重なっているから、と考えられる
- 条件は、職場を選ぶこと、自分の店を持つこと、技術を先に身につけることで、整えられる
「寿司職人に女性がいない理由」を調べて、たどり着いたのは、理由が確かめられていない、という事実でした。
向いていない、という根拠はありません。誰も確かめていない話が、長いあいだ語られてきただけです。
根拠がないと知っていれば、その話に、自分の進む道を決めさせずに済みます。
確かめられるのは、働く条件のほうです。そして条件は、選ぶことも、自分でつくることもできます。
飲食人大学の寿司マイスター専科は、3ヶ月(実技60日・420時間)で、魚をおろすところから握るところまでを学ぶ課程です。資料には、授業の内容と、卒業生の進路を載せています。
