飲食人大学

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「お客さんの『おいしい』がやりがい」卒業後1年で寿司店を開業した菅正博さん

菅正博さん(かん・まさひろ)

今回紹介するのは、神奈川県川崎市にある寿司店「鮨 すがひさ」の店主、菅正博さん。魚を捌いたのは飲食人大学での授業が初めてでしたが、卒業から1年ほどで寿司店を開業。一見珍しいタイ料理とコラボレーションしたメニューが著名人の間で話題となり、さまざまなメディアで取り上げられました。

人気と話題の土台には、飲食人大学で身につけた江戸前鮨の基礎があるといいます。飲食人大学での学びや、開業までの日々を尋ねました。

《経歴》
前職:青年海外協力隊、会社員、タイカレー店従業員
2016年1月 飲食人大学東京校 寿司マイスター専科入学
    3月 同 卒業
      海鮮居酒屋 料理長
   11月 「鮨 すがひさ」の物件を見つける
      「鮨 千陽」のほか大阪市内の数店舗で2ヶ月間実践を積む
2017年4月 「鮨 すがひさ」開業
2020年6月 「TERIYAKI’s BEST RESTAURANT 2020」SILVER受賞
《メディア掲載》
ホットペッパーグルメ『メシ通』、グルメアプリ『テリヤキ』、YouTube『IKKO’S FILMS』、ほかテレビ番組等

料理の基本を学ぶため、飲食人大学に入学

——寿司作りを学ぼうと思った理由について教えてください。
料理人としてステップアップしたかったからです。もともと自分のお店を持ちたい夢がありながら、なかなか実現できずにいました。でも友人の死をきっかけに「人生いつ終わるか分からない。夢は叶えなきゃ」と思ったんです。
料理は好きなので家でよく作っていたし、タイカレー店でも調理はしていました。でも料理の基礎をちゃんと学ぶ機会はなく、できるのは現場で覚えたことだけ。魚を三枚おろしにしたこともありませんでした。そこで寿司作りを学べば、魚の扱い方や料理の基本が身につけられると思いました。

——なるほど。料理の基本を学ぶための手段がお寿司の勉強だったんですね。飲食人大学はどういったきっかけで知りましたか?
知人の紹介です。飲食店を開業したいと話していたら、テレビか何かで見たのを教えてくれました。

——そうなんですね。入学の決め手はなんでしたか?
体験入学で、説明を聞いたり握り体験をしたりして、実践的で、料理人としてスキルアップできそうだと感じ、すぐに入学を決めました。基礎から学べるうえに、3ヶ月という短い期間が魅力的でしたね。

初めて魚を捌いてから3ヶ月、手にとるシャリで成長を実感

——飲食人大学の授業はどうでしたか?
ほとんどが実技でしたね。初めて魚を捌くときは不安でした。でも包丁を握る前に講師が目の前で捌き方を実演してくれるので分かりやすかったです。包丁でうろこをとる「梳き引き(すきびき)」の技術も初めて知りました。

——それなら料理が初めての方も安心ですね。寿司作りの勉強というと、握りの授業が多いんですか?
もちろん握りの勉強もしましたが、一品料理の授業もありました。飲食人大学では「無駄なく食材を使い切る」を大事にしています。最近はフードロスの問題もありますしね。握りで使わなかった頭や骨を活用した一品料理も学びました。

——調理以外にはどんな授業がありましたか?
一品料理と握りを含めたコース料理を自分で考えて、作って、お客さん役の同級生に出すという実際の店舗を意識した対面授業もありました。同級生の反応を見ながら、もっとおいしくするにはどうしたらいいか、どう接客をするか、自分で考えます。

——メニューの考案から接客まで一人でやるのは実践的ですね。ちなみに授業で扱っていない料理にも挑戦する機会はありましたか?
はい。僕は授業で習う料理だけでなく、本やネットで調べた料理にも挑戦していました。コース料理を考えていると、授業で扱ってない魚を使ったり、習ってない料理にも挑戦したりする必要が出てくるので。その料理を作るのにも、分からないことがあれば講師に相談していましたね。

——研究熱心なんですね!3ヶ月という時間は一般的な調理師学校や寿司職人の修行期間に比べたら短いですが、不安や心配はありませんでしたか?
そうですね、しいていうなら3ヶ月だと在学期間ではない季節の魚にはあまり触れられないことでしょうか。でも季節が違って魚が手に入らないのはどうにもならないですからね。寿司作りや一品料理の技術、そういった料理の基本はしっかり学べたので、3ヶ月で不十分とは思わかなったです。それに卒業後も、初めての魚を扱うときや、挑戦したい料理で分からないことがあれば講師に相談しています。

——卒業後にも講師に聞けるのはうれしいですね。飲食人大学を通して自分の技術が向上したなと思った点はありますか?
たくさんあるけど、今思えば、体験入学で作った握りは本当にひどかったなあ。味も、シャリの大きさも。でも3ヶ月後には手でシャリの重さが分かるようになっていた。「今から8gで握ります」と手にとったシャリをはかりに載せたらちゃんと8gで。すごく成長したなって思っています。

経験豊富な講師のサポートで開業へ

——飲食人大学では経営の授業もあると聞きました。
はい。座学で講師から原価計算やマーケティング、店舗立地の選び方などを教えてもらいました。

——開業準備はいつから始めたんですか?
2016年の冬です。タイカレー店で働いていたときの知人から良い物件があるよって聞いて、見に行ったら一目惚れしてしまって。即決していました。

——即決!すごい決断力ですね。それから2017年の4月に開業するまで短いですが、準備は大変だったんじゃないですか?
そうですね。初めてで分からないことだらけだったので、高田正光先生(※1)に開業について相談しました。あと「鮨 千陽」(※2)での修行もお願いしました。

※1高田正光:飲食人大学統括講師。寿司職人として修行後、100店舗近い飲食店の海鮮食材バイヤーを経験。ミシュラン掲載店「鮨 千陽」のほか、多くの寿司店のプロデュースに携わっている。

※2「鮨 千陽」:大阪市にある飲食人大学の卒業生のみで運営する寿司店。開業から11ヶ月で2016年度版ミシュランガイド「ビブグルマン」に掲載された。以降、2020年度版まで5年連続で掲載されている。

——怒涛の流れですね。どんなお店を目指していますか?
飲食店経営で難しいのは長く続けることです。そして長く続けるためには、地元の常連さんの存在が欠かせません。だからお店のコンセプトは「地元のお客さんに愛される店」にしました。でもコンセプトや物件を決めてからも「本当にコンセプトはこれでいいのか」「お店はこの場所で本当にいいのか」と不安でした。

——どうして不安だったんですか?
僕は飲食人大学に入るまで寿司店で働いたことがないから、いろんなお店の知識がなかった。いわゆる寿司職人修行というか、いろんなお店で働いた経験がある人だったら、メニューやコンセプト、立地や金額などの感覚が頭の中にあると思うんです。でも僕は飲食人大学で学んだ知識しかなくて、こんなお店にしたらいいっていう見本がない。
だけど開業をサポートしてくれた高田先生はプロデュース経験が豊富です。なので利益や収入などの計算方法やメニューの価格設定、空間づくり、コンセプトに合わせた内装デザインなど、事細かにサポートしてもらって安心して開業まで進められました。

——飲食店プロデュースの経験者にサポートしてもらえるのは心強いですね!寿司店での修行は「鮨 千陽」が初めてですか?
はい。寿司店で働いたことがないのに寿司店を開くのはまずいだろうと思って、高田先生にミシュラン掲載店「鮨 千陽」で働かせてくださいとお願いしました。他にも大阪市内の何店舗かで働かせてもらい、住み込みで2ヶ月間くらいかな。毎日24時間、寿司のことを考えていました。
寿司店で実際に働きたいと思ったときに「鮨 千陽」のようなすぐに実践できる場所があるのは飲食人大学のいいところですよね。東京にもそういう場所が作れたらいいなと思います。

開業後は家族との時間も充実

——開業後の1日のスケジュールを教えてください。
早朝に市場に行って仕入れをしたら、9時から11時まで仕込み。14時まで昼営業をしたらまた17時まで仕込みをして夜の営業。閉店したら片付けをして夜中に帰宅します。

——早朝から夜中まで大変ですね。ご家族と過ごす時間はあるんですか?
ありますよ!開業してからのほうが家族との時間はとれています。タイカレー店で雇われていたときは、どうしても日曜日に仕事が入ってしまった。でも独立してからは自分で休みの日を決められるし融通が効く。子どもと過ごす時間も作れています。

飲食人大学で気づいた「やっぱり料理が好き」

——夢の飲食店開業を叶えた今の率直なお気持ちを教えてください。
開業を夢にする人は多いし、僕もその一人だった。あくまで開業するまでは「夢」で、実際にやってみると「現実」は大変。うまくいかないこともあるし、すぐに繁盛店にはならない。よっぽど斬新なことしたらウケるだろうけど、ウケるのと常連さんが来てくれるのは別の話。
うちは開業して4年経って、当初から来てくれてるお客さんもいるし、一回きりの方もいる。いつもお店が満席の状態を作るには、2、3年は覚悟しておいたほうがいいですね。

——大変でもこれまで頑張れたのはどうしてですか?
やっぱり料理が好きな気持ちとお客さんの反応かな。料理は好きじゃないとできないから、仕事にするのは大変ですよ。それでも料理をやるのか、なんでやるのか、飲食人大学に入ったことで、それをもう一度考えるきっかけになりました。もちろん、それでやめようってなっても、悪いことではないですよ。だけど僕の場合は、お客さんの「おいしい」がやりがいだって分かりました。

——飲食人大学で過ごした時間は、どんな時間でしたか?
飲食人大学の3ヶ月がなかったらこの4年間はなかったかな。僕はときどき、昔働いていたタイカレー店の経験を生かした料理も出してるんです。その話題でメディアに取り上げてもらったんだけど、もしちゃんとした寿司をやってなかったら、たたかれていたと思う。
でも基本は江戸前鮨のお店です。料理だけじゃなくてスポーツもそうですよね。基礎に忠実に、基本を徹底的に身に着けてアレンジするからうまくいく。
僕のお寿司も、飲食人大学が大切にしている江戸前鮨の型や技術がベースにある。それがなかったら、うちの店はうまくいってなかった。本当に濃い3ヶ月でしたね。

——飲食人大学で3ヶ月間しっかり基礎を学んだから、お客さんに江戸前鮨が評価されて、タイ料理風にアレンジしたお寿司も認められたんですね。ありがとうございました。