世界で可能性の広がる、寿司職人のキャリア 〜アイルランドで「本物」の提供を目指す早川芳美さんの挑戦〜
今、健康的でサステナブルな食事として、世界中で「日本食」が注目されています。中でも新鮮な魚をシンプルに味わえる寿司は、日本独特の文化として、若者世代を中心に関心を寄せる人が増えているのだそうです。
今回、アイルランドのゴールウェイという街で日本料理の飲食店を長く営み、2018年に飲食人大学を卒業後、寿司店を経営している早川 芳美(はやかわ よしみ)さんにインタビューを行いました。
2021年3月にも卒業生インタビューに応じてくださった早川さん。今回はアイルランドから見た日本の姿や海外での寿司職人の可能性を中心に、早川さんの考えや将来のビジョンなどについて話を聞きました。
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プロフィール
(撮影:Julia Duninさん)
早川 芳美(はやかわ よしみ)
寿司店『WA SUSHI』オーナー
1992年に大学を卒業。株式会社 Mizkan Holdingsに入社し、営業職に従事。1995年に海外で働く夢を叶えるため退職。中国語を学び、1997年より香港ヤマト運輸株式会社で営業を担当する。2001年よりアイルランド・ゴールウェイに語学留学。2002年より現地で巻きずしの販売を開始し、2008年に日本食の弁当を販売する「WA Café」をオープン。2017年、アイルランド・レストラン協会「アイリッシュ・レストラン・アワード2017」でベスト・ワールド・キュイジーヌ賞を受賞。2018年に飲食人大学名古屋校(現在は閉校)寿司マイスター専科で学んだ後、2019年にカフェをリニューアルした寿司店「WA SUSHI」をオープン。
本物の寿司と日本文化を欧米に伝えたい
ーー早川さんには2021年にも「卒業生の声」ページにご登場いただきましたが、改めて現在のお仕事について教えてください。
ヨーロッパのアイルランドという国にある港町・ゴールウェイで、本物の日本文化を伝えることにこだわった寿司店「WA SUSHI」を経営しています。2年以上ロックダウンやコロナ後の働き手不足によって、テイクアウト中心に展開していましたが、最近やっと店内での寿司の提供を再開しました。
ーー海外で寿司店を開こうと思ったのはなぜですか?
ゴールウェイには2001年から住んでいて、2008年に日本食を提供するカフェを出店していました。カフェから寿司店に切り替えようと思った大きなきっかけは、2010年代後半から巻き起こった欧米の日本食ブームです。
寿司を食べる人が増えた結果、ヨーロッパには「なんちゃって寿司」を提供する店が増えていきました。現地の人が大きくアレンジされた寿司を本物だと勘違いして食べているにもかかわらず、日本人や日本で技術を習得した人が本格的な寿司店をつくる状況にはならない。その現状に危機感を覚えた結果、これまであえて「聖域」として踏み込まなかった握り寿司を、自分で担う必要があると思いました。それで、飲食人大学に入学して一通りの技術を学んだ後、ゴールウェイで寿司店をオープンさせました。
ーーなるほど。ほかの国で開店することもできたと思いますが、なぜゴールウェイという土地を選んだのでしょうか。
詳しい経緯は前回のインタビューでもお話しましたが、この土地で寿司店を営んでいるのは、地元の名士の方やマーケットを運営している方など、さまざまなご縁がつながった結果です。EUの動きに興味を持ち、英語を学ぼうとゴールウェイに留学してから、日本食パーティーの開催をきっかけに自分の店を持つ話がトントン拍子で決まったんですね。目の前に現れるドアを次々と開けてきたことで、寿司店経営の道にたどり着きました。
大きな流れに乗りながら今日までやってきましたが、今は寿司文化を伝える使命を天から与えられたのだと思うこともありますね。
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コロナ禍で増えた、日本に憧れるアイルランドの人々
ーーゴールウェイには、魚を食べる文化はあるのでしょうか。
いえ、こちらの人はほとんど魚を食べません。だから、ゴールウェイではせっかく魚を捕っても、非常にもったいない使い方をしていたんですよ。例えば、蟹なら爪しか食べませんし、アンコウも尻尾だけ食べて残りの部位は全部捨てている状況がありました。
一方で、ゴールウェイでは北海道と同じくらい良い魚介類が捕れるんです。寿司ネタでおなじみの魚も多く、サーモン、ほたて、うに、あわび、あんこう、蟹、鰻、海苔や海藻も捕れます。
一度さかなクンに取材に来ていただきたいくらい、本当に豊かな漁場がある。自分の寿司店を開く以前から、この素材を活かせば、美味しい寿司がつくれるのになあと思っていたほどです。
ーーアイルランドの方は、日本に対してどんなイメージを持っていますか?
コロナ禍を経て、日本にとっては大きな追い風が吹いていると思います。アイルランドでは、日本に憧れを持つ人が増えました。今、世界で関心を集めている「エコフレンドリー」や「サステナビリティ」といった考え方は、日本では江戸時代から実践していたことです。日本文化の根底に流れる「自然と共に、その恵みをいただきながら生きるという」メンタリティに共感するからか、特に日本文化にハマる10代が多いように思います。
ーーコロナ禍によって、日本ブームが加速している一面があるのですね。
そうですね。新型コロナウイルスが流行し始めた頃、アイルランドでは厳しい外出制限が行われました。家から出られない期間に、YouTubeなどを使って興味関心のある物事を探究していた人も多く、その流れの中で日本文化に深く触れていた方も一定数いたようなんです。
その結果、お客様の中に片言の日本語を話せる人が増えましたし、日本文化が好きすぎて「ひたすらお寿司の動画を見ています」という10代のお客様に出会う機会も多くなりました。今はインターネットで何でも調べられるからこそ、私よりも深く江戸前寿司のことを知り、日本文化に大きな関心を寄せてくれる人がいる。そういった方の期待にも応えられる店にならねばいけないと、近ごろ強く思っています。
ーー日本に憧れる人が増えたことで、早川さんのお店の客層に変化はありましたか?
週末は12-13歳の子どものいるファミリー層の来店が多くなりました。お子さんが日本好きで、本物の寿司を食べたいという理由で来店してくださることも増えていて。私としても、こちらの方に「できる限り本物の日本の寿司を提供したい」とこだわって経営してきましたから、とても嬉しいことだなと思います。
メニューはこちらの人の味覚に合わせて一部アレンジを加えていますが、日本と同じメニューも出しますし、寿司の盛り付け方から食器の置き方、使い方まで、スタッフにも文化的背景の教育を施しながら、文化をそのまま伝えようと心がけています。
だからこそ、日本の方が来店された際、「日本と同じですね」と言っていただけると最高の誉め言葉だと感じます。
ーー「本物を伝える」という点に、強くこだわってきたのですね。
はい。必要であれば、お客様に箸の使い方をレクチャーすることもあります。また、以前から店内でアニメイベントを開催したり、フェスティバルに参加して寿司のデモを披露したりと、日本文化の紹介も精力的に行っています。
「WA SUSHI」が日本文化に親しむプラットフォームになれたらいいなと考えています。
世界を視野に、大きく可能性の広がる寿司職人のキャリア
(撮影:Julia Duninさん)
ーーここまでのお話を聞いて、前回のインタビューで語られていた「日本とアイルランドの架け橋になりたい」という想いをしっかり体現されているように思いました。
ありがとうございます。先日のインタビューでお話した想いは、今も変わらずに持ち続けています。だからこそ、日本に興味を持ってくださった方を何人も日本に送り届けてきましたし、2021年には、7月&11月にアイルランドを訪れたラグビー日本代表選手の専属シェフとして、各10日ほど日本食の調理を担当したこともあります。これからも日本とアイルランドの間を行き来しながら、人や文化の交流を深められるようにしていきたいです。
ーー今後の目標について、教えてください。
私が提供している寿司は、ゴールウェイの魚を使っているため「江戸前鮨」を文字って「ゴールウェイ前鮨」と名づけたのですが、この寿司の認知度をさらに向上させ、流行らせていきたいです。
私の店で出す寿司が、地元の魚や寿司の魅力に気づくきっかけになったら嬉しいですね。その意味では、うちの店の門戸を広げて、ティーンエージャーにも喜んでもらえるような場所もつくっていきたいです。
今後は日本人が北海道に海鮮を食べに行くように、ヨーロッパに住んでいる日本人や寿司好きな人が「ゴールウェイに美味しいお寿司を食べに行こう!」とわざわざ来てくれるお店になりたいです。
あと、もうひとつ野望があるのですが(笑)、いずれは寿司職人を養成する学校を開きたいと構想しています。恩師の高田先生にも、講師として教えに来てほしいとお話したことがあるんですよ。
ーーゴールウェイで寿司職人の育成!寿司づくりの技術習得に関して、ニーズがあるということでしょうか?
近年、ヨーロッパのシェフの中で、日本食の技術を学びたい人が増えているんです。ヨーロッパの料理は基本的に調味料や素材を重ね合わせて調理しますが、日本食は出汁の利いたみそ汁など、素材のおいしさを活かしたシンプルな調理をします。そんな日本食の技術を学びたいというシェフが、5~6年ほど前から増加傾向にあります。しかし、日本で技術を学ぶには、日本語の習得という高い壁がある。ゴールウェイで学校を開くことができれば、すべて英語で教えますから、言語の壁を超えて日本料理を学んでもらえます。日本食の技術を伝えるという点でも、日本とヨーロッパの架け橋になれたらいいなと考えているところです。
ーー今後、寿司職人はどうなっていくと思われますか?
これからの時代は多くの仕事が自動化・機械化するため、逆に今度は人と人とのやりとりが重要視されてくると私は考えています。だからこそ、料理の世界も、真心をこめて作ったものが重宝される機会も増えるのではないでしょうか。寿司を握る技術、お客さまを迎える寿司職人としてのスピリッツを持っていれば、今後どんな場所でも仕事をしていけると思います。
日本食が世界的に注目されている今、国外に目を向けることで、寿司職人のキャリアも大きく広がるはずです。ゴールウェイにいる私から見れば、日本は斜陽の国ではなく、もう少し踏ん張ったら世界に存在感を示す余地がある、まだまだ秘めた宝物を蓄えた国「ジパング」のように見えます。「本物」にこだわって真面目に仕事をしていれば、まだまだ日本文化を皮切りに、世界に攻めていける部分があるのではないでしょうか。
海外で働きたいと考えている方は、ぜひ一度、寿司職人になるという道も検討してみていただけたらと思います。
飲食人大学では、無料の相談会を実施しています。具体的なコース内容、卒業後の進路など気になることがあれば、お気軽にご相談ください。