飲食人大学

海外就職・独立開業、日本の伝統寿司を極めてキャリアを創る

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「今こそ自分に投資するとき」海の向こうで寿司店を営む 早川芳美さん

(撮影:Julia Duninさん)

早川芳美さん(はやかわ・よしみ)

日本から西北に約9690km。アイルランド西部の港町ゴールウェイで寿司店を営むのは、飲食人大学卒業生の早川芳美さん。アイルランドにいながら本格的な日本の味を楽しめると全国紙に取り上げられたり、レストラン協会から賞を贈られたりと注目の店となっています。彼女がゴールウェイで飲食店を始めたきっかけ、海外で愛される寿司店に必要な心構えを聞きました。

《経歴》
前職:食品メーカー、運送会社で営業職
2001年 アイルランドのゴールウェイに語学留学
2002年 ゴールウェイのマーケットで巻き寿司の販売を始める
2008年 「Wa Café」オープン
2017年 アイルランド・レスラン協会「アイリッシュ・レストラン・アワード2017」で
     ベスト・ワールド・キュイジーヌ賞を受賞
2018年 飲食人大学名古屋校(現在は閉校)寿司マイスター専科で寿司修業
2019年 カフェをリニューアルし、寿司店「WA SUSHI」をオープン

2ヶ月の語学留学から始まった20年のアイルランド生活

——アイルランドに行ったきっかけを教えてください。
1990年代のヨーロッパの変化に関心を持ったからです。1993年にEU(欧州連合)が発足しました。「今まで隣同士で喧嘩をしていた国が手を取り合って仲良くするってどういうことだろう」と興味が湧き、ヨーロッパを1年かけて旅行しようと思ったんです。そのために英語を学ぼうと選んだのが、ゴールウェイにある語学学校でした。

——語学留学が始まりだったんですね。その後どうして飲食業を始めたんですか?
ホームステイ先で日本食パーティーをしたのがきっかけです。当時のヨーロッパでは日本食はあまり知られていなかった。語学学校の友人には、フランスに本社がある世界的コスメブランドで働く人がいました。そういう流行の最先端にいる人でも食べたことがなかった。彼らが日本食を食べてみたいというので、ホストファミリーに相談したら「うちでパーティーしていいよ」って言ってくれたんです。
それで巻き寿司や天ぷら、お味噌汁を振る舞いました。みんなすっごく喜んでくれて「ここで日本食のお店をやったらいいんじゃない?」と勧められ、その気になってしまったんです。

チーズ屋の店頭で巻き寿司販売を開始

——すごい!実際にお店を開くとなると準備は大変じゃないですか?
はい、誰に聞いてどう進めるのか見当がつきませんでした。なので語学学校の先生やホストファミリー、地元の飲食店の人たちに、飲食店を始めるにはどうしたらいいのか聞いてまわりました。それでどうやら毎週末に開催されるマーケットから始めるのが良さそうだと分かりました。
マーケットに出店する方法をまた周りに聞いていたら、会場内にあるチーズ屋の店主が「うちの厨房と店頭を使っていいよ」と言ってくれました。それが日本食販売の始まりです。

——いろんな人の助けがあったんですね。どんな日本食を販売したんですか?
巻き寿司です。アイルランドは美味しいお魚や貝がとれるのですが、現地の人には食べる習慣がなく、ほとんど輸出されています。
せっかくおいしい食材があるのにもったいないし、日本食といったらやっぱりお寿司だと思って始めました。

——握り寿司は売らなかったんですか?
はい、寿司修業をしていない人が寿司を握るのは、聖域に踏み込むようで気が引けました。日本の実家では母がよく巻き寿司を作っていたので、その味や手順を思い出しながら作りました。

——そうだったんですね。お店を始めたのはいつですか?
2008年、38歳で日本食のお弁当屋「WA Café」をオープンしました。ご飯とお味噌汁に、おかずが2、3品つきます。おかずにはテリヤキチキン、トンカツのほか、ベジタリアン向けにきんぴらごぼうやがんもどきも用意しました。焼きそばも人気でしたね。

日本食ブームが追い風、アイルランドの人気店に

——アイルランドで日本にいる気分になれそうなメニューですね。お店の調子はどうでしたか?
ゴールウェイは観光客が多く異国の文化に対して心が広い。それに大学が多く新しいものに挑戦する学生や若者も多いので、たくさんの人が来てくれました。
2013年に和食が無形文化遺産に登録され、日本食が世界的に注目されるようになりました。それも追い風になり、2017年にアイルランド・レストラン協会から「ベスト・ワールド・キュイジーヌ賞」をもらいました。

——すごいですね!カフェで賞をもらったのに、なぜ寿司店にリニューアルしたんですか?
実は賞をもらったとき、両手をあげて喜べる状況ではなかったんです。というのも近所にできた別の日本食のお店が人気で、経営危機でした。
それと、知り合いのシェフたちがミシュランの星をとるようになりました。それに触発されて私もミシュラン店を経営したいと調べていたら、開業11ヶ月でミシュランガイドに掲載された寿司店が日本にあり、飲食人大学の卒業生が経営していると知りました。
お店を始めたときは寿司作りに興味はありませんでした。でも記事を読んでミシュランをとりたい、本当の日本食の味をアイルランドの人に知ってもらいたい、地元産の魚を食べる楽しみを提供したい思いが強くなり、寿司修業を決意しました。それが2018年、48歳のときです。

飲食人大学で学んだ「ゴールウェイ前鮨」

——飲食人大学を知って、寿司修業を始めたんですね。3ヶ月間の修業はどうでしたか?
一日一日が本当に身になりました。一番最初に習ったのは「まな板の使い方」、「包丁の研ぎ方」など道具の使い方です。寿司職人としての振る舞い方やお客さんへの心配りなど、必要な心構えも徹底的に教えてもらいました。

——まず道具の使い方や心構えを学ぶんですね。寿司作りについては何を学びましたか?
魚の捌き方、握り方、調味料の使い方、魚の目利き、全てを教えてもらいました。実は2011年に別の学校で一週間ほどの短期講座を受けたのですが、まだ分からないことがたくさんありました。なので飲食人大学で学ぶべき技術が凝縮された3ヶ月を過ごしてよかったです。

——そうだったんですね。日本の魚を使用した江戸前鮨をゴールウェイで実践できるか心配はなかったですか?
ありませんでした。江戸前鮨の基本を学びながら、常に「ゴールウェイではどうしようかな?」と置き換えていたし、コースを作る対面授業でも「ゴールウェイ前鮨」を意識したメニューを考えました。

——興味深いネーミングです。ゴールウェイではどんな魚が獲れるんですか?
サーモンや穴子、それから牡蠣、ホタテ、ウニ、イカ、エビなどが獲れます。日本でいうと北海道と似ているでしょうか。
江戸前鮨は東京湾で取れる魚が基本ですからサーモンはタブーです。だけど私の「ゴールウェイ前鮨」ではサーモンのお寿司が必須です。なので講師に頼んでコースにサーモンを入れました。
穴子の捌き方も特別に教えてもらいました。授業では穴子を扱いますが捌き方はやらないんです。でもアイルランドではとても大きな穴子が獲れるのでぜひお寿司にしたい。そこで相談したら、私のために穴子を用意してくれて、朝、授業前に捌き方を教えてくれました。

「海外で寿司をやるならDNAをハッとさせよ」

——授業とは別に活動する国に合わせて指導してくれるのはうれしいですね。印象に残っていることはありますか?
高田正光先生(※1)の「海外でお寿司をやるなら、その国の人たちのDNAがハッとするような味を少し入れるといいですよ」という言葉が印象深いです。

※1高田正光:飲食人大学統括講師。寿司職人として修行後、100店舗近い飲食店の海鮮食材バイヤーを経験。ミシュラン掲載店「鮨 千陽」のほか、多くの寿司店のプロデュースに携わっている。

——それはどういう意味ですか?
その国の人たちがいつも食べている味をお寿司に落とし込んで、体においしいと反応させよという意味です。そこでお酢にリンゴ酢を混ぜました。アイルランドの人たちはリンゴをよく食べるし、アップルサイダーを好んで飲むんです。甘酸っぱい味が好きなんですよね。
それから牡蠣のお寿司には、ギネスを混ぜたジュレを合わせました。アイルランドはギネス発祥の地で、ビールといったらギネスなので。

——なるほど!その土地の味をお寿司にブレンドするんですね。お店のデザインについて参考になった授業はありましたか?
店舗の選定や内装の授業であった照明についての学びは目からウロコでした。そんなことまで教えてくれるのか、という驚きと、いろんなルールへの驚きですね。お客さんの料理を照らす、握っている姿が明るくなるように照らす、間接照明を使うなど、寿司店の照明にはいろんなテクニックがあると知りました。

——そうなんですね!他にはどんなことを教わりましたか?
客席数にも助言をもらいました。カフェの店内ではテーブル席が多かったのですが、講師にレイアウトを見せたら「カウンターをメインにして、テーブル席はなくてもをいい」とアドバイスをもらいました。とはいえこちらの文化ではテーブル席に馴染みがあるので、テーブル席も1組残しました。
今思うと、寿司店の座席数を抑える発想は新型コロナウイルス感染予防にもなりますね。寿司店はなま物を扱うところなので、お客様に安心感、清潔感、信頼感を与えなければいけませんから。

日本とアイルランドの架け橋になる「母」になりたい

——日本の文化と現地の文化をバランスよく取り入れている印象を持ちました。海外で寿司店を経営するにあたり、どんなことを心がけていますか?
柔軟性です。「日本ではこうだから」とこだわりすぎるのは良くない。あくまでもお邪魔している身なので、自分の信念は大切にしつつも現地の風習も尊重し、現地の人の立場になって考えるのが大切です。

——双方の文化を尊重するのが大事なんですね。ところで早川さんの今の夢はなんですか?
ミシュラン店も夢のひとつですが、もっと大きい夢は日本との架け橋になることです。お客さんに日本で食べているような本物のお寿司を食べてもらいつつ、アイルランドのお魚のおいしさを知ってもらいたい。ここで寿司職人を育てて、いつか日本の市場や寿司店の現場を見にいってもらいたい。日本から職人を呼んで技術を学ぶ場も作りたいですね。「アイルランドの寿司の母」といったところでしょうか。

——素敵です。海外で長く生活された早川さんから見て、お寿司の将来はどうなると思いますか?
今は「少し値段が高くても本物を楽しむ」志向の人が多いですよね。新型コロナウイルスの流行が続き、海外旅行や外食ができないなか、ますますその傾向は強まっています。現在はロックダウンのさなかで店内飲食はできませんが、家でちょっと贅沢をしようと持ち帰りのお寿司を買ってくれる方が増えました。これからもしばらくこの状況が続きますし、お寿司の海外需要はこれからもあるでしょう。

数年後に花を咲かせるために、今が自分に投資するとき

                            (撮影:Julia Duninさん)

——確かに、いいものを少しだけ、そして異国の味を楽しむのにお寿司はぴったりですよね。最後に飲食人大学を検討している人や海外を目指す人にメッセージをお願いします。
今は間違いなく自分に投資するときです。観光やワーキングホリデーで気軽には海外に行けません。今後移動できるようになったら、まずビジネスレベルの行き来から再開するでしょう。そのときに寿司作りを学んで手に職があれば、ビザをとれるかもしれません。
私にとって3ヶ月間もお店を他の人に預けて日本に行き、100万円を投資するのはもちろん不安でした。でもあのとき飲食人大学に入ってよかった。
海外に行けない今がチャンスです。いつか動ける日が来たら、あなたはどんな花を咲かせたいですか?

——「今が投資するとき」という力強いメッセージに胸を打たれました。ありがとうございました。